伯龍が亡くなる前年の2005年8月15日の独演会にサプライズで出演してくださいました。
全く人の言うことを聞かない伯龍に談志師匠は手こずっておられました。
打上げの鰻屋では4時間近くも話が尽きませんでした。全部芸の話で御両所の該博な知識と情熱に感動しました。
「一つ聞いておきたいことがあるんだ。兄貴(伯龍のこと)の好きな映画は何?」
談志師匠の問いに、伯龍「うーん、『ガス燈』と『カサブランカ』だね」
エーッ、イングリッド・バーグマンが好きだなんて想像もつかなかった。
談志師匠の十八番の「小猿七之助」は伯龍が伯治時代に譲ったものです。
このことは談志師匠も御著書で明示しています。
伯龍に言わせるとホントは教えたくなかったんだが、
「談志が小島政二郎(伯龍の名跡を当時預かっていた)夫人にまず最初に頼んで、断れない状況を作ってね」
昭和43年8月15日の日付の稽古テープが現存します。冒頭に談志師匠が日付と神田伯治から教わる旨を吹き込んでいます。
しかし、この頃「談志師匠は五代目伯龍のSPレコードに心酔してレコードから覚えて持ちネタにした」
という第三者による記述が散見されます。これは酷い誤謬曲解であることをはっきりさせておきます。
心酔したのは間違いないでしょうが、だからと言って勝手にやっちゃうような方ではありません。
そういう礼節に厳しかった談志師匠に対しても失礼だと言わざるを得ません。
2006年7月のNHK講談大会に伯龍は「野狐三次、木っ端売り」で出演。
秋になってテレビ放送をご覧になった談志師匠が電話を下さいました。
「他とまるでトーンが違うでしょ。あれを世話講談というんです」
その時、伯龍が死の床にあること、これが最後の放送になるであろうことをお伝えしました。
「癌だったのか……」
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